役所広司演じる戸田秋谷は7年前に藩主の側室に不埒を働いたという罪で切腹を命じられる。ただその切腹が10年後、即ち劇中ではあと3年で切腹しなければならないという設定だ。それまでの間、家譜の編纂を命じられるのだけれど、その秋谷を監視する役目として家老から送り込まれたのが岡田准一演じる壇野庄三郎だった。庄三郎は家老の甥ととある事件を起こしたのを救われ、謂わば家老に恩があるためこの役を引き受けざるを得なかったというのが物語の序盤に描かれる。
秋谷と生活を共にするうちに、次第に秋谷に惹かれ、何故秋谷が切腹を命ぜられなくてはならないのかを疑問に感じ調べ始める、それはいい。だが、この作品は別にミステリーではないのだから、そこに本題がないことは明らかなのだ。当然ながら秋谷の心の奥に秘められたモノは何なのかということになる。そんな誰でも見ていれば解る事を置き去りにして、日々の生活や過去の事実を映像で見せられても、初めから「そうじゃないだろ?」としか言い様がないのだ。
藤沢作品のような美しい日本を象徴するような所作があるわけでもなく、
『柘榴坂の仇討ち』のような日本人の心を魂を表現するでもなく、モヤモヤに包まれたまま、ただ庄三郎が一人苦悩している姿が描き出されるのだが、この物語は彼のものではない。タイトル『蜩ノ記』は秋谷が綴ってきた日記の名前であり、だとするのであればもっと彼の目線で物語は展開されなくてはならないのではないか。少なくともそうは見えない。勿論最終的には秋谷が何故切腹を恐れることもなく覚悟を決めているのかは描かれる。だが、それは本当に最後の最後だ。庄三郎の目を通して秋谷の姿を、事件の真相を観たとしてもそれは『蜩ノ記』ではないと思う。

ストーリー:7年前に前例のない事件を起こした戸田秋谷(役所広司)は、藩の歴史をまとめる家譜の編さんを命じられていた。3年後に決められた切腹までの監視役の命を受けた檀野庄三郎(岡田准一)は、秋谷一家と共に生活するうち、家譜作りに励む秋谷に胸を打たれる。秋谷の人格者ぶりを知り、事件の真相を探り始めた庄三郎は、やがて藩政を大きく揺るがしかねない秘密を知るが…。(シネマトゥデイ)
++ 続きを閉じる ++